東京大学読書サークルこだま 公式ブログ

東京大学読書サークルこだまの公式ブログです。部誌『こだま』に掲載している文章などを公開していく予定です。

『夢日記』

    その夢を見たのは、打ち上げ花火を見た日の夜だった。

 まわりは真っ暗で、暗闇に慣れた目が辛うじて地面の輪郭を捉えていた。私は山奥にいた。山、と言っても、草木が生えている様子はない。ゴツゴツした黒い地面を見つめながら、星を見ようと歩いてのぼってゆく。視界が開け、そこに宇宙が現れた。真っ黒な頭上に、手で触れられそうなくらい近くに、星が、銀河が、星雲が、漂っていた。星空と呼ぶには、あまりにも宇宙だった。いつか教科書で見た、望遠鏡から覗いた天体の写真を思い出す。目と鼻の先を、小さな流星が滑っていく。ジジジ…と音を立てながら、彗星が暗闇を切り裂く。小さくて色鮮やかな銀河たちは、シュルシュルと音を立て絶え間なく渦巻いていた。星のまわりにパチパチと火の粉が散る。それは宇宙であると同時に、深海の生き物たちを見ているようでもあった。昔地学の授業で見た。何億年も前の深海で、奇妙な形をした小さな生命体がうごめく映像を。

 ぴちゃぴちゃという水音がして、ハッとして見ると、山を登ってきたはずの私の足元には階段があって、なだらかな階段のすぐ下に、黒い水が横たわり、波が静かに打ち寄せていた。頭上には依然として宇宙が広がっている。その時、誰かに呼ばれた気がして、私は後ろを振り返った。誰もいない。しかしなんとなく居心地が悪くて、その場を立ち去ろうとした。数歩歩いたところで振り返ると、さっきまで私の立っていた階段に男の子がいた。小柄な彼はヘッドフォンをつけて、真っ黒なコートに身を包み、波打ち際に立って宇宙を見上げていた。それは、私がよく知る友人の後ろ姿だった。

 シュルシュル、パチパチ、ジジジ──…星がうごめく音を聞きながら、私はこの光景に既視感を覚えていた。『星の王子さま』だ。王子さまが、地球に降り立って荒野を歩き、高く聳え立つ尖った山々のてっぺんに座って、人っ子一人居ない砂漠を見つめる。

    こんなに広いのに、誰もいない──。

    友人の寂しげな後ろ姿に向かって、私は彼の名前を呼んだ。今にもどこかに消えてしまいそうだった。黒く澄んだ目をした彼が、ゆっくり振り向く。その時、私の意識は白く冷え固まり始めた。手繰り寄せた糸を手放してしまったようなもどかしさの中で、夢であったことに気づく。気づいたときには、もう遅いのだ。シュルシュル、パチパチ、ジジジ──…。生暖かい布団の中で、星が、宇宙が弾ける音だけが、やけに耳に残っていた。


Antoine de Saint-Exupéry « Le Petit Prince »
ならびに 宮沢賢治銀河鉄道の夜』に寄せて。

 

(村上めぐみ)